Posted under 授業風景
私が小学生のころ、おためしで授業開始の予鈴をなくしてみようという日が設定されました。
「チャイムが鳴ってから慌てて教室に戻るようでは、廊下を走って危ないし、時計を気にするようになる」
という利点を挙げてのお試しだったのですが、よその学校で、予鈴を鳴らしていない学校の生徒たちの行動を見て校長先生が提案されたのだ思います。
よその学校のいいところをまねしようとすることはいいことです。
ただ、隣の芝生は青く見えるので、あっちを真似て、こっちを真似てばかりしていると、自分の学校の良さが薄まってしまうし、翻弄されてしまうので、適度に行うことが大切。
その決定権が校長先生にあるわけです。
確かに学校のチャイムが鳴らないと、びくびくしながら時計を見ていたような気がする。
授業開始時間までに座っていなければ、当日気合いを入れてきている担任の先生が普段以上に怒ってくる・・・。
私の通っていた小学校では向いていなかったらしく、そのお試し期間だけで終わっていってしまいましたね。
確かにチャイムの音は時に教師が授業の終わり際に大切なことを言っていてもかき消してしまうこと時にはあります。
チャイムが鳴り始めるまでに言い切るのがプロの教師の仕事だと言われてしまえばそれまでなのかもしれませんが、時には生徒が国語の授業中にすごくいい発言をしているのに、チャイムが鳴ったことによって、他の生徒達がざわつき始めて、そのこの発言がしりすぼみになってしまうこと、残念でなりません。
そういったことからも、チャイムが鳴ってほしくないことも時にはありますね。
手元のダイヤル一つで教室のチャイムの音が自在に操れたらいいのに・・・。
物理的、金銭的な観点から無理でしょうね。
どの教科もそうでしょうが、国語の教科は精神を集中させなくてはならないことが他の教科に比べて多いと思います。
たとえば習字。
ふざけていては墨汁をこぼしてしまうし、精神統一しないと、字が上手、下手というのとは別で、心のこもった字になっていないような気がします。
国語の授業は母国語の授業です。
これからも生徒達が集中して勉強できるように日々私自身も国語について勉強していくつもりです。
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