学生のみなさん、夏休みの宿題はもう済んでいますか?
私の担任するクラスでは、昨日夏休みの宿題を提出してもらいました。
国語の課題である読書感想文は、夏休みの前半に書き上げた生徒と、ここ数日で書き上げたという生徒に極端に分かれます。
これは毎年のことなので、国語の課題である読書感想文の内容を読めば、おおむねわかります。
というのも、ギリギリになってから国語の課題を提出する生徒は、たいてい親御さんが指導してくるので、本全体を読まずに、あとがきだけを読んで感想を書いているからです。
そして、読書感想感想文が異常にきれいなのです。
生徒が書いたにしては、きれいすぎる文章なのです。
親としては、子供に完璧な宿題にして提出させたいと思われるかもしれませんが、ここは、子供本人に考えさせないと、子供の本当の国語力というのは付かないし、伸びません。
夏休みでつきっきりで教えてあげることができますが、読書感想文に関しては、ここはひとつぐっと我慢して子供の力かで書かせてみてください。
この方が、本当に国語の勉強になるのです。
読書感想文は、本来本をしっかり読まないと書けないものです。
それを大人の入れ知恵えであとがきだけを読んで終わらせないように来年度はお願いしたいものです。
夏休みの宿題の提出日がまだだという家庭は今からでもいいから、せめて読書感想文は子供に本を最初から最後まで読ませるように指導していただけたら、一国語教師として嬉しいです。
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私が担任するクラスでは必ず夏休みになると、読書感想文を書かせています。
最近とある教師のブログを読んで、思春期とはつくづく難しい時期なのだと感じています。
私が担任する生徒たちはまだまだ発達の早い子でも思春期とは縁遠いです。
しかしこれが、1年後、2年後になってくると違ってくるでしょう。
自分と言う存在を認めてほしいという思いと、自分の感情をどうしたらよいか分からずにもてあます心。
思春期とは本当にガラスの心をもつ時期だと思います。
そういう時、思うのが、読書好きな生徒には、あまり思春期をもてあます子がいないような気がするということ。
図書館で本を読んでいる子は比較的落ち着いている子が多いように思えます。
おそらくは、文章が好きだから、自分の感情を文章化することがうまいのでしょう。
小さい子がそうなのですが、かんしゃくを起こすとき、それはよく自分の思いを言葉で表現できないから、泣いたり、怒ったり、時にはたたいたりして表現するそうです。
これは思春期にも当てはまると思います。
最近の子供たちは体の発達が早くなってきていますが、それに対し、精神の発達は昔も今も変わりません。
見た目は大人と大差ないのに、精神年齢が年相応だから、大人からは大人扱いされる、でも中身は子供・・・・
だから尚更、精神的に苦しいのではないでしょうか。
自分の感情をどうしたらよいか分からないでいるから大変。
そんな時、その感情を言葉でうまく表現できたら、日記にしてみたり吐き出し口を見いだせるのではないでしょうか。
そういう意味でも、国語力をつけておくことはとても大切だと思います。
従って、私のクラスの生徒たちには、夏休みの国語の宿題として読書感想文が必ず付いてくることになっています。
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漢字検定にまつわる不祥事が発覚してから、漢字検定に対する親の目が変わってしまっていること、残念なことです。
漢字検定自体は、漢字検定という具体的な目標を立てれることによって、勉強の励みになるし、同級生との競争心が出てくることからも、国語の能力を上げる良い検定なのですが、大人の事情で子供にまで影響を及ぼしてきてしまうこと、本当に残念でなりません。
保護者の中には、「漢字検定と不祥事を起こした人とは別問題」と割り切って子供に検定を受けるように勧める方もいらっしゃいますが、やはりあまり気持ち良く送り出せないようです。
自分が支払う検定料が純粋に漢字検定に利用されていないと想像すると、やはり誰でも検定料払いたくなくなりますから・・・。
国語を好きになるには、このような単純な暗記モノから得意になっていくと良いでしょう。
私も国語のテストの中で、漢字の書き取りが得意でした。
漢字は「へん」と「つくり」から成り立っており、その様々な組み合わせによって読み方や意味が大きく変わってきたり、共通点があったり。
「漢字は不思議で面白い」世界です。
そのことに気づけたら、国語の世界はもっと楽しいものに広がっていくと思います。
私も国語の時間はそのことをよく生徒たちに教えています。
3年生になってくると、学力の差が大きくついてきがちです。
その差が少しでもなくなるように、授業についていけていない生徒には、特に感じの魅力を知ってもらいたいと思っています。
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私が小学生のころ、おためしで授業開始の予鈴をなくしてみようという日が設定されました。
「チャイムが鳴ってから慌てて教室に戻るようでは、廊下を走って危ないし、時計を気にするようになる」
という利点を挙げてのお試しだったのですが、よその学校で、予鈴を鳴らしていない学校の生徒たちの行動を見て校長先生が提案されたのだ思います。
よその学校のいいところをまねしようとすることはいいことです。
ただ、隣の芝生は青く見えるので、あっちを真似て、こっちを真似てばかりしていると、自分の学校の良さが薄まってしまうし、翻弄されてしまうので、適度に行うことが大切。
その決定権が校長先生にあるわけです。
確かに学校のチャイムが鳴らないと、びくびくしながら時計を見ていたような気がする。
授業開始時間までに座っていなければ、当日気合いを入れてきている担任の先生が普段以上に怒ってくる・・・。
私の通っていた小学校では向いていなかったらしく、そのお試し期間だけで終わっていってしまいましたね。
確かにチャイムの音は時に教師が授業の終わり際に大切なことを言っていてもかき消してしまうこと時にはあります。
チャイムが鳴り始めるまでに言い切るのがプロの教師の仕事だと言われてしまえばそれまでなのかもしれませんが、時には生徒が国語の授業中にすごくいい発言をしているのに、チャイムが鳴ったことによって、他の生徒達がざわつき始めて、そのこの発言がしりすぼみになってしまうこと、残念でなりません。
そういったことからも、チャイムが鳴ってほしくないことも時にはありますね。
手元のダイヤル一つで教室のチャイムの音が自在に操れたらいいのに・・・。
物理的、金銭的な観点から無理でしょうね。
どの教科もそうでしょうが、国語の教科は精神を集中させなくてはならないことが他の教科に比べて多いと思います。
たとえば習字。
ふざけていては墨汁をこぼしてしまうし、精神統一しないと、字が上手、下手というのとは別で、心のこもった字になっていないような気がします。
国語の授業は母国語の授業です。
これからも生徒達が集中して勉強できるように日々私自身も国語について勉強していくつもりです。
中学受験に対するバイブルになりそうなものを見つけました

なぜ、ウチの子だけ
合格するのか?―中学受験「かしこい塾の使い方」
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新学期の準備に追われてへとへとに疲れてそれがピークに達していた先週に比べると、随分と元気が出てきました。
私は今回3年生の担任になったので、元気いっぱいのまだまだやんちゃな生徒たちから、パワーをもらったのでしょうか。
新学期は緊張します。
新しい生徒達とうまく一年間やっていけるだろうか、PTAとは?
4月は不安で胸がキューっと締め付けられるような気がするのは、教師であれば、誰もが経験していることなんじゃないでしょうか。
さて、新しい教室、新しい生徒たちの前で、自己紹介をします。
生徒の中には、以前担任だったクラスの生徒の弟や妹もいるので、「あ、しぐさが似てる」なんて思いながらの点呼です。
これから一年よろしくね。
さて、国語の授業をしていく上で、まず生徒たちにお願いするのが、ひとりひとりに1行ずつ音読をしてもらうことです。
国語の授業で音読すると、その生徒の性格などがちょっとだけわかってきます。
大きな声でしっかり読める生徒、小さい声ながら読める生徒、あがり屋さんでちょっと声が震えてしまう生徒。
金子みすゞも言っています。
「みんなちがって みんないい」
この世代の生徒たちは、NHKの教育テレビで幼児向けの国語のバイブル的番組でほとんどの子供がしっている歌詞です。
但し、その意味を理解しているかと言うと、そうではない。
だから、この歌詞の意味を踏まえた上で、生徒たちに説明してあげるのです。
「皆ひとりひとり個性があっていいんだと。
同じでなくてはならないということはない。けれど、学校という団体行動をおこなうことの多い環境では、皆が同じ行動を取らなくてはならない場合もあり、みんなと同じ行動を取らなくてはならない時、個性を発揮する時、その時その時をしっかり判断して行動していきましょう。」
と。
国語の授業なのに、道徳の授業のようになってしまいますが、私が1学期の国語の最初の授業でいうことです。
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春の季節は別れの季節。
担当学年ではなかったけれど、週に一度のクラブ活動の顧問で手芸クラブに入っていてくれていた生徒たちも卒業です。
(国語の教師なのに、以外ですか?こう見えても、チクチクするのは割と好きです)
クラブ活動最後の日、6年生の生徒たちから手作りの合同作品を貰いました。
入部した手の頃は、すごく不器用だったのに、かわいいクマの編みぐるみをくれたのです。
嬉しくて涙が出てきました。
一生の宝物になりそうですね。
こまごまと手先を動かすことは、頭の回転を早くさせる上でもいいことです。
気分転換になる程度に手芸などをすることは、勉強の妨げにならないと思います。
また、手芸に限らず、どのようなジャンルであろうと、勉強の合間に、5~10分程度気分転換できるようなことをするのは、大切なことです。
大人だって、仕事を何時間も通してやることは大変ですよね。
それと一緒です。
適度な休憩なくして、効率のよい勉強はないです。
特に国語というのは、私たち日本人の母国語を勉強する科目。
故に国語はある程度は勉強しなくても点数が取れますよね。
しかしそれがかえっと落とし穴になってしまい、国語の勉強をおろそかにしてしまいがちになっている生徒をよく見かけます。
これはどの学年に関係なく当てはまることです。
私の生徒や親御さんにこれはよく話しているのですが、文章問題などは漢字の書き取り問題と違って、じわりじわりと国語の勉強の成果が現れる科目ですから、「国語の勉強を頑張ったのに、国語の成績が伸びなかった。国語の才能がないんだ」
などとあきらめず、気長に国語の勉強していってください。
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私のクラスの中にも何人か漢字検定を受けた生徒がいたようですが、漢字検定は級が細かく分けられており、10級から5級が小学生の国語のレベルとされています。
中には、小学校を卒業する頃には、中学卒業レベルは勿論のこと、準一級レベルを受ける天才小学生なんていうお子さんもいらっしゃるようですが、そういったお子さんは、国語が好きと言うよりも、漢字を覚えるのが好きでたまらないのでしょうね。
私のクラスでは、7~8級を受ける生徒がほとんどのようですが、無理をして高いハードルを掲げるのではなくて、目の前にある乗り越えられそうなハードルを着実に超えていくことが小学生レベルでは大切なのではないでしょうか。まあ、低すぎるハードルにするのも考えものですが。
ムリに高いハードルにして、勉強しても嫌になってしまい、逆に国語が嫌いになってしまっては元も子もありませんからね。
大人であれば、多少高めの目標を掲げてもいいかもしれませんが、小学生は、まだまだ精神面においても、未発達ですので、1度の失敗がその後、ずーっと後を引いて国語や漢字に対してマイナスな考え方しかできなくなりかねません。
そういった意味でも、国語の教師の立場から、お子さんにあまりレベルに見合わないような級を親御さんの方からは進めないでほしいです。
お子さん自身が言う分には、大丈夫だと思います。
昨日放送されていた英語でしゃべらナイトで、ゲストの川平さんのバイリンガルの秘密について放送されていました。
私も英語は得意ではありませんが、川平さんも、ハーフだから自然とあれだけ流暢な英語をしゃべることができるのかと思ったら、学生時代に随分と勉強されたようですね。
英語は鼓膜の薄い幼児期から始めればいいと言いますが、母国語である国語がしっかりできなければ、バイリンガルなど到底無理なのではないでしょうか。
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今の時代、ハッピーマンデーのおかげで、3連休のある月が当たり前のようにありますが、私はその時は毎回のように国語の宿題として、作文というか日記を毎日書くように指示しています。
どこかへ行ってきたとかそういうことでなくて、日常のささやかな出来事を、文章にすることで、国語の力がつくからです。
大人にとっては大したことのないことのように思えますが、子供にとって、文章を考えると言うことは、大変難しいことです。
この文章を考えると言うことは、国語の力をつけるだけではなく、すべての教科に通じるものがあります。
国語の文章能力を上げると、算数や理科、社会の問題を解く際の文章の理解度に直接つながっていくのです。
ですから、算数の計算はスラスラとできるけれども、応用問題になるとちょっとと言う生徒は、大抵問題分の理解が難しいのです。
ですから、家庭で勉強を見ていただく際に、もしお子さんが応用問題で悩んでいるようであれば、応用問題の問題分を簡単に、分かりやすく噛み砕いて説明してあげると良いかもしれませんね。
大人から見れば簡単な文章も、子供から見れば、私達が医学書を読むのと同じくらい難しいと感じているのです。
ですから、家庭で勉強を教えていく際に決してやらないでほしいのが、
「何でこんな簡単な問題が出来ないの?」
などと子供を責めることだけは避けてほしいのです。
それはすなわち子供を否定するのに匹敵するからです。
「そうか僕(わたし)は出来ない子なんだ」
とますます落ち込みかねませんので、注意してくださいね。
子供は純粋な分、何気ない一言もグサリと傷ついてしまいます。
私が教師になる際、教育実習で先輩から真っ先に教わったのがそのことです。
こちらは軽い冗談のつもりでも、子供はそれを真に受ける。
経験がない分、それを聞き流すことが出来ないのだ。と。
国語でもどの教科でも、ほめて伸ばしていくことを基本に、自分で勉強していくことの楽しさを知りながら成長させていけたらと願っています。
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私の学校は3学期制なので、今は通知表渡しの最中です。
通知表っていうのは、もらう方もドキドキしていますが、渡す方もかなりドキドキしているものなのですよ。
特に、前回よりも総合的に下がっている生徒の保護者の方に渡すのはかなり緊張します。
保護者の方の顔色が一瞬にして変わってしまいますからね。
それでも、必ず生徒の伸びている部分を褒めてあげることと、家庭でも褒めてあげてくださいっっていうことは必ず付け加えるようにしています。
それはどの先生も同じでしょうし、小学生であろうと、中学せいであろうと言えることなのではないでしょうか。
子供はやはりほめて伸ばす方が断然伸びるものですからね。
国語の冬休みの宿題はドリルですね。
家庭でもみてあげやすいでしょうし、年末の行事が家庭によっていろいろあるでしょうから、「今日は何ページ、明日は出来ないから、その分を今日と明後日に分けてやる」と計画も立てやすいでしょうからね。
あと、日記も必須でしょう。
別にどこへ行ってきたと言うことを書かなくてもいいから、一日の中で嬉しいと感じることをひとつ書いてみてと言ってあります。
日記を書くことって以外に国語の力をつけるのに良い方法だと思います。
あと、読書感想文もいいかもしれませんが、それでは国語の宿題ばかりになりますから、国語に関する宿題はこの2点ですね。
読書感想文と言えば、私が小学生時代、同級生にそれはそれはおざなりな読書感想文を提出する同級生がいましたね。
たった2行で終わりにしてみたり、「あとがき」をそのまま書き写してみたり。
幸い私のクラスにはそのような生徒はいませんが、当時の担任の先生は相当手こずっていましたね。
私と同じく国語を得意とする先生なので、当時をふと思い出すと、他人事には思えずどうしているのかなと思います。
ただ、国語でも何でも宿題を出し過ぎても、まじめに提出出来くなると言うことだけは、この時の経験から避けるようにしています。
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今回は以前担当したことのある1年生の生徒たちのことについてお話しようと思います。
小学1年生といえば、幼稚園や保育園など様々なところから集まってくるので、国語などでは字が書けるかどうか、などなどまだ個人差が大きいので、授業を進めていくのが難しいところです。
また、集中力もそれほどありませんので、授業の終了時間5~10分くらいになると、必ず一人や二人は落ち着きの無くなる生徒も出てきます。
そこで、私は国語の授業を集中して受けてもらえるよう、極力生徒全員が参加できるようなものにするようにしていました。
本読みは全員で音読又は、一人ずつ読み上げていなどです。
楽しいのが、毎週月曜日に集める私と生徒の交換日記のようなものです。
週末にある楽しい出来事などを「先生、あのね」で始まる文章で書いてもらうのです。
楽しいことを報告することって、書いていても楽しいと思うし、字の練習、文章能力向上につながり、国語能力が上達すると思うので。
「どこかへ出かけてきたよ」という話も楽しいのですが、「くもの形がお母さんの顔みたいだよ」とか、「家族みんなでおじいちゃんの家で芋ほりしたよ」というほのぼのする話に私は子供たちの純粋な心を感じ、癒されたものです。
国語の能力を引き上げること、純粋な心をまっすぐに伸ばしていくためにも、この日記は1年間続け、3学期の終了式にみんなに返しました。
一人でもいいから、この交換日記のノートを大人になるまで保管し、自分の子供に見せて「お母さん・お父さんは先生と国語の授業でこういうことをしていたよ」と見せてあげてほしいです。
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